お金に対する行動を支配する2つの感情
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人間の行動は「恐怖」と「欲望」に支配されている。
人生にはいくつかのパターンがある。
まず一つは、『朝起きて、仕事に行き、給料をもらって、生活費を支払う。』 ただひたすらに、この繰り返しの人生である。
このパターンは、恐怖の感情に向かい合わず、ただ無心に働きつづけているだけのパターン。
そして、そんな中でいくらか儲けると、欲に負けてお金を使ってしまう。そしてまた、働き続けなければ生活がままならない。
何百万という人が、ずっと昔からそうやってただ生活をしていくためだけに働き続けている。
これが、一部の金持ちか金持ちのために作った資本主義と言う社会である。
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恐怖と対になるもう一つの感情『欲望』
これは、人によっては『強欲』とも呼ぶだろう。
ただの金持ちがお金を貯めこむのは、恐怖のためである。「お金がなくなったらどうしよう」と言う恐怖から逃れるためにお金を溜め込むのである。
そして、ある程度恐怖が和らぐと、恐怖とは別の感情欲が出てくる。お金で買える幸せを買うためにもっともっとお金が欲しくなる。
それが、「欲望」である。
そして、もっとお金を手に入れたとして、満足するのは一瞬だけだろう。またもっともっとと欲望が湧いてくる。「恐怖」と「欲望」を支配しない限り、本当の意味でお金から自由にはなれないのである。
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どうやって、恐怖と欲望を克服するのか?
恐怖と欲望を大きくするのは、「無知」である。
普通の人に比べて、ある程度お金を持った人の方が、お金を失う恐怖が大きくなる。
例えるなら、お金は「ニンジン」である。
馬の目の前にぶら下げられたニンジンを想像して欲しい。
馬ははどこまで行っても辿り着けないニンジンを取るために一生懸命走っている。
これと同じで、労働者はいつまで経っても十分には手に入らないお金を稼ぐためにあくせく働いているのである。
その姿を横から見てみれば、そのニンジン(お金)を一生懸命に追い求める事が自分のためになっているかどうかはすぐにわかるだろう。
しかし、一生懸命走っている(働いている)当人からはもう少しで手の届きそうなところにあるニンジンを追いかける事が得策だと思えてしまうのである。
つまり、目の前に見えるお金は、目の前にぶら下がったニンジンと同じで、正攻法で追いかけても、いつまでも届かない実態のない物であると言う事を第3者目線でしっかり認識する必要がある。
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客観的にお金と向き合う事が大切
まず、客観的にお金と向き合う姿勢を持つことが、手に入れれば失う恐怖と、手に入れたくなる欲望と向き合うために必要なのである。
そうやって、全体を俯瞰して見る目線に立つことができて初めて、恐怖と欲望に任せて行動するのではなく、克服するのだと気づく事ができるのである。